合格体験記

部員やOGの合格体験記を入試方法別に紹介しています!!!

受験を考えているみなさんはぜひご覧ください!!!( *´艸`)

 

一般入試

池田香織 (理工学部 平成25年卒) ikeda3

大学受験のためにどのような勉強をしたかというと、高校2年生までは、勉強と言えば学校の授業のみでした。毎日の部活に必死でそれ以外のことをやる余力もなかったですし、たくさんのものに手を出すよりは一つのもの(教科書)をやりこむ方が性に合っていたので、授業を聴き、中間・期末テスト前に集中的に復習するというスタイルでした。

高3の春で部活を引退し、大学受験に向けた勉強を初めて開始しました。結果から言いますと、高3の入試では志望していた大学には合格できず、1年間浪人することとなりました。このときの敗因としては、学校の勉強で得た知識と入試の問題をうまくリンクさせられなかったことだと考えています。学校の勉強は、その後の基礎となる知識を付けるためにとても大切ですが、入試ではその知識をさらに応用して問題を解くことが求められています。高3になって初めて模試や予備校の講習を受けるようになったのですが、もう少し早い段階からそのような実戦経験を積んでおけばよかったと後悔しました。高2までに模試をたまに受けてみたり、長期休みに講習を少し受けてみたりするだけでも、実戦を意識して学校の勉強を聴けるようになりより効率的になると思いますし、周りの高校生からの刺激もプラスになると思います。

浪人の一年間はその反省を活かし、実戦を意識して勉強を進めました。具体的には、過去の入試問題を集めた問題集を何周も繰り返していました。新しい問題をどんどん解いた方が実戦対応力がつくのではないかと思われるかもしれませんが、実は入試問題というのはどの科目でもある程度パターンが決まっています。パターンを叩き込むためには一冊の問題集を何周もした方が効率がよいと思います。

浪人の末、2回目の受験ではなんとか慶應理工学部に受かることができました。志望の国立大学には手が届きませんでしたが、今は慶應でよかったと思うばかりです。理由はたくさんありますが、卓球部に入部し様々な貴重な経験ができたこと、かけがえのない仲間を得られたことは大きな理由の一つとなっています。

大学入学後は学門3から応用化学科に進み、現在は化学工学を専攻しています。次の春には大学院に進学します。応用化学科の特徴として、実験が多いことが挙げられます。実験は1回欠席すると留年が決定してしまいますし、レポートが非常に重いので、部活との両立が大変でした。大変ではありましたが、時間を上手にやり繰りする術が身に付いたと思います。限られた時間の中で物事をやり遂げる力と集中力が身に付きました。

また、卓球部に入部したことによって、たくさんのご縁がありました。苦楽を共にした同期はもちろん、頼りになる後輩や尊敬できる先輩方に出会うことができました。伝統ある体育会ならではの出会いもたくさんありましたし、私にとって一生の財産です。

以上、私の経験を述べさせていただきましたが、少しでも参考になれば、幸いです。大学受験は人生の岐路ですし苦しいものですが、乗り越えた暁には合格だけでなく、揺るぎない自信を手にできると思います。そして、慶應にご縁があれば、是非卓球部に入部頂ければと思います。体育会所属の理系学生は少ないですし、確かに大変ですが、苦労した分得られるものも多かったと感じています。そして何より、伝統の慶應卓球部のよさを肌で感じてほしいと思います。

 

 

 

AO入試

二株麻依(総合政策学部5年)futakabu

■慶應SFCの受験を決意

私が慶應SFCを目指すようになったのは、高2の夏、岡山からはるばる藤沢の地まで足を運び、実際にキャンパスを見に来たところから始まりました。

慶應の他学部に比べ、SFCはとてもユニークで自由な校風。少し極端ですが、学生たちは何をしても何を考えてもOK。斬新な発想を持った学生ほど評価されます。教授も一緒になって、面白いことがどんどん生み出されていく学部なのです。

先人たちが築いてきた、既存の体系化された学問を学ぶというよりは、学生の独創性を尊重し、未来をより良いものに創造していける人材をつくるのが、SFCの教育なのです。SFC生は「未来からの留学生」とも言われるほどです。

ここには夢がある!未来を創造するなんて、なんて素敵なの!と、SFCのことを知れば知るほど、好きになっていきました。憧れの先輩が慶應大学を卒業されていることも後押しし、受験を決意することとなりました。

しかし私が挑んだのは、AO受験。実は指定校推薦や一般受験では到底入れるレベルでなく、もともと国立大志望だった私には、慶應受験のための勉強はとても負担でした。

両親や先生の反対は最後の最後まで強烈なものでしたが、その反対を押し切って、臨んだAO受験でした。

■失敗と覚悟

SFCのAO入試は、日本一の難関だと言われています。倍率を見ても、容易に受かるとは決して思えない程の数字です。多くの書類を提出しなくてはならないのですが、その中で最も重要な「志望理由書」を書くのに、私は1年かかりました。

高2の秋から、志望理由書の内容を練りに練りました。高3の8月の書類提出までに、本当にたくさんの調べものをし、本も読み、書いては添削してもらい、書いては添削してもらい…を繰り返し、形にしていきました。提出期限の最終日までねばり、夜中の郵便局で書類を完成させたのを覚えています。

9月に入り、体育祭が終わったころに、一次の書類審査を通過していることが分かり、二次試験の面接に向けての対策を始めました。プレゼンも行ったため、プレゼンボード(スケッチブック)の作成にも追われていました。二次試験まで10日間しかなかったのですが、その間は、学校の授業中に睡眠をとり、塾で面接対策をし、家に帰って徹夜でプレゼンボードを作る、といった毎日でした。学校の勉強なんて手につきません。授業中に起きていたとしても、ずっとSFCのことを考えていました。

そして迎えた本番。準備していったものをすべて出し切ったつもりでしたが、結果は不合格でした。悔しさで夜は眠れませんでした。そして、このままでは終われない、自分を応援してくれた人たちのためにも、何とか恩返しをしなくては、という思いで、二期試験受験を決意しました。この時にはもう浪人を覚悟していました。

出願にあたり、また一から書類作成をするところから始めなければいけなかったのですが、提出までの2週間、本腰入れてみっちり磨き上げました。内容には後の面接を想定し、少しでも面接を楽に突破できるよう、伏線を張っておきました。書類審査は難なく通過。いよいよ面接です。

センター間近になり、周囲の学校の友達がぐんぐん成績を上げている中、私は家でスケッチブックに向かって本気でお絵描きをしていたのが、一番辛かったです。本番では1年間の集大成を発揮し、教授とも打ち解けられました。結果は合格。受かった時は、嬉しいというよりは、ほっとしたという感じです。本当に、最後まで諦めなかったことと、周囲の協力が得られたことで、勝ち取れた合格でした。受験は苦しいものでしたが、現在は大好きなSFCで、思い描いていたキャンパスライフを謳歌しています。

受験生の皆さん、頑張ってください。